マックス・ウェーバーを読む & 職業としての政治
今回は、マックス・ウェーバー先生を読んでみました。
名前は有名ですが、文系の世界で偉い人、くらいしか基礎知識はありません。
文系の人は必須で読んでたりするんですかね。
理系におけるラプラス変換みたいな。ちょっと違うか。
ということで、まずは、入門書から読みます。
ワタクシ、とあるジャンルに入るときは、「猿でもわかる・・・」とか「図解・・・」みたいな入門書から入ることにしています。
いきなり岩波文庫読んでも理解できないと思ったので。
入門書として「マックス・ウェーバーを読む」を選んでみました。
この本は、マックスウェーバーの著作をそれぞれの章で紹介する、という形式を採っています。
e.g:第一章:プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
第二章:職業としての政治&官僚制
・・・
<感想>
・本を各章で紹介する、という構成は読みやすい。それぞれ紹介されている本を読みたくなる。
・キーワードにいちいちドイツ語がついているのは邪魔。。
『「正当な暴力行使die legitime Gewaltsamkeit」の問題と繋がってくる。』とか、
『「観点Gesichtspunkt」の一面性を忘れてしまうことになるわけである。』とか。
この学術ドイツ語?いらなくない?
・この世界では、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」をプロ倫と略すらしい。こちら葛飾区亀有公園前派出所→こち亀 みたいなもんか。
ということで、step upして次に「職業としての政治」を選択。
マックスウェーバーの数ある著作の中でこの本を選んだ理由は、「薄い」からです。(プロ倫は分厚い)
<面白いところ抜粋>
『国家とは、ある一定の領域の内部でーこの「領域」という点が特徴なのだがー正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である。』
まず、国家ってのは、住んでる人が領民に暴力を行使していいよ、って認められた団体って言っています。
『国家が存続するためには、被治者がその時の支配者の主張する権威に服従することが必要である。・・・正当性の根拠として三つ・・・「伝統的支配」「カリスマ支配」「合法性支配」』
そして国家ができたとしても、続くためには、習俗的な、慣性の働いた伝統や、カリスマ性、あと合法的支配の3つが必要だそうです。
昭和天皇なんかは、伝統&カリスマが五つ星、ってな感じですかね。
『どんな支配機構も、継続的な行政をおこなおうとすれば、次の二つの条件が必要・・・服従する人的な行政スタッフと物的な行政手段』
そらそうか。
『官吏として倫理的にきわめて優れた人間は、政治家に向かない人間、とくに政治的な意味で無責任な人間』
政治家が決めたことを、自分の信念として実行しろ、と。まじかー。
あと近代国家では、官僚は物的行政手段を持っていないってのも、
面白かったです。でも、中国共産党の官吏は土地とか金とか持ってるんじゃなかろうか。(勝手な想像)
あそこは近代国家とは言わないのかも。
まあ、とにかく名言、至言が多くて、面白いです。
ことある毎に読み直します。