ゼロからトースターを作ってみた結果:世界は分業で成り立っている
本書は、タイトルの通り「ゼロ」から(本書のルールでは原料から)トースターを作った実録です。
なぜトースターが選ばれたかというと、
あると便利、でもなくても平気、それでもやっぱり比較的安くて簡単に手に入って、とりあえず買っておくかって感じで、壊れたり汚くなったり古くなったら捨てちゃうもののシンボル
だからです。
身の回りに溢れている安い工業製品を選んで、現代の個人が作れるかやってみようというお話です。
そして結果的には、著者が望んだトースターはできていません。
トースターのように簡単そうな製品ですら、何世紀にもわたる人間の知恵が積み重なって、細分化されて専門家された結果できたものだということがよくわかります。
例えば、トースターを構成する材料のひとつである「鉄」。
著者は、鉄鉱石から鉄を精製しようとしますが、精製するために溶鉱炉が必要となります(そして溶鉱炉での精製はうまくいかずに電子レンジを使って何とか鉄を取り出せます)。
紀元前15世紀くらいのヒッタイトの技術ですら、現代の個人は再現することが困難だということがわかります。
まして、筐体であるプラスチックの精製は言わずもがなです。
プラスチックは、原油から作られますが、著者は
原油をプラスチックに変えるのは、個人レベルでできそうな作業ではない。
と、早々に諦めてしまいます。
結果的には、既存のプラスチック製品を溶かして型にはめ込んで何とか作り出したようにみせるのですが、できたものはひどい形状をしています。
選ばれたトースターは4ポンド(500円ちょっと)くらいの、トースターの中でも最安値レベルの商品ですが、それでも最低38種類以上の材料が使われています。
鉄やプラスチックの精製過程を読むだけで、「ひとりで工業製品を作るのは無理だなー」と気づかされます。
10人で分業したって無理です。
思春期の頃は「社会のねじや歯車にはなりたくない」などと思ったりもしますが、本書を読むと、現代社会は、無数のねじや歯車の分業で成り立っているということをよく気づかされます。
私自身もかつて自動車会社に在籍していましたが、ヘッドランプだけを黙々と設計する人とか、ねじを締める工具を黙々と開発する人とか、とにかく自動車会社にも細分化された大量のプロの方々がいましたね。
考えてみると、公務員(事務)ってのは、あまり専門性による分業がない珍しい職種のような気がします。