魂でもいいから、そばにいて:人は物語を生きる動物である
東日本大震災では、死者・行方不明者一万八千人余りを出し、一万八千人以上の家族に悲劇をもたらしました。
本書では、東日本大震災の遺族が体験した、震災後の不思議な出来事が集められています。
「愛する人がいない世界は想像を絶する地獄です。」と繁さんは言う。そんな繁さんを慰めるかのように、妻と娘は夢にあらわれ、そして声をかける・・・。
風もなく窓も閉めきっているのに、ティッシュが激しく揺れたり、ドタンと大きな音がしたり。今でもよく起こるのは、(息子が)天井や壁を走り回る音です。
役場で(亡くなった兄の)死亡届を書いているときにメールを知らせる音が鳴ったんです。・・・受付のカウンターでメールを開いたら、亡くなった兄からだったんです。
≪ありがとう≫
ひと言だけそう書かれていました。
これらの不思議な体験は、再現不可能であり科学では取り扱えない事象です。しかし、科学的でなくても、他人には理解不能でも、急に身近な人を失った遺族にとってこれらの不思議な体験は生きるために必要な物語なのです。
例えば、身近な高齢者の癌や心不全などの病死の場合、家族にとって死を覚悟する時間的余裕は比較的残されているでしょう。一方、東日本大震災のような唐突に起こる大災害では、一度に多くの悲劇が無差別に非連続に、突然発生します。
遺された家族にとっては3.11を境に、それまで当たり前のように営んできた生活、物語が急に別のものに変わらざるを得なくなります。
親も子も死に、自分だけが生き残った世界で生きるためには、人間の脳は、生きるために、物語(不思議な出来事)を無自覚に作るのだろうと思います。
このような死が当たり前の世界で生きるためには何か理由がないと生きていけないのです。
本書で紹介されている不思議な現象たちは非科学的で再現不可能ですが、遺族にとっては生きるために必要なものであり、存在の有無を論じるべきものではありません。
同じような状況になれば、自分自身もきっとそのような物語にすがるはずなので。
ちなみに、被災者が当日に体験した内容について詳しく書かれた本としては、NHK出版による「証言記録東日本大震災」があります。こちらは、それぞれの人が地震のとき、どのように考え、どのように動いたかがわかります。