ニッポン景観論

「愛しているなら、怒らねばならない」という白洲正子の言葉通り、怒りながら皮肉をまぜて「美しくない日本の景観」をとにかく挙げ連ねています。

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電線、鉄塔、看板、広告、コンクリート土木、周りと調和していない建築物・・・

全九章のうち、一章から七章までは怒っています。

さすがにこんなに怒られると疲れました。皮肉多いですし。

 

でも確かに私も日本の景観については、

「日本の風景って、無規則で方向性なくて、でも細かい隙とか段差はきれいなのに全体として見たら破綻しているなぁ。あと原色だらけの看板が溢れててうっとうしさ満点。」

とは思っています。

ただ、そうは思いつつ、

「ま、こんなのアジアンな混乱景観もいいんやない?」

などと勝手に思っていました。

 

が、著者はこのような開き直った考えにも怒ります。

「混沌こそアジアという自己嫌悪の思い込み」「その理屈はモダニズムを推進する学者の言い訳」「シンガポール、マレーシアの都市景観は混沌としていない」

 

そこで、八章で著者の提案に移ります。

「これからは観光業」「景観工学ってのがあるんだから、適用させよう」

と書いたと思ったら、八章の終わりでまた怒っていました。

 なんだか、可愛さ余って憎さ百倍、を思い出します。

日本好きなんだろうなぁ。

 

でも、やっぱり日本人は街並みサイズでデザインを統一させるのって苦手なんじゃないか、って気がします。なんとなくですが。

細かいの、例えばビルひとつ、家ひとつは得意だと思いますが、

大局的にビル、家、道路、自然の組み合わせ、ってなると、、、どうなんでしょう。

 

 

最後に、最終章で著者が関わった再生プロジェクト(京都、小値賀、祖谷)を紹介していました。

長崎県小値賀に行ってみようと思いました。

 

<よかった言葉>

・「犬馬難 鬼魅易」(けんばむつかし きみやすし)

  ← 犬や馬(ありふれたものを周りと調和させながら)は描きにくく、

    鬼(奇妙で単独で目立つもの)は描きやすい

・観光業は、その土地に景観の美しさやロマンがあるか、その美しさとロマンを今に伝えられているか、が大事。